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▼ アジア支部編1

全身が軋むように痛んでいる。ずっと続くその痛みに耐えかねて重い瞼を開くと、見覚えのない部屋に寝かされていた。ここがどこなのか、わたしはどうしてここにいるのか。もやがかかったようにぼんやりとした頭で記憶を辿ろうとするも、ずきずきとした頭の痛みに妨害されてしまう。

「目が覚めたか」

なんの整理もできていないうちに唐突にかけられた声に、軋む身体を無理やり動かして声の方向に顔を向けると、見覚えのある人が立っていた。

「……バク、支部長」

黒の教団アジア支部支部長、バク・チャン。日本人ということもあり、アジア支部に何かと縁があるから他の支部長たちに比べて関わりの多い人だ。本部にもちょこちょこ顔を出していて、その度わたしと話しているリナリーに熱い視線を向けているので、リナリーに好意を抱いているらしいということはわたしも認識している。だけど、なぜ、バク支部長が。わたしは、中国で。

「……アレンくん、アレンくんは!?」

がばりと身体を起こすと軋むどころではなく全身が刺されているかのように痛んだ。でも、そんなことはどうでもよかった。イノセンスを無理して最大解放までしたのに、わたしは村を守ることすらできなかった。そして、ぼろぼろの身体を引きずってアレンくんとスーマンを探しにいた先で見たものは、ばらまかれたトランプと倒れたアレンくんの姿だった。だけどその先の記憶はない。きっとわたしも限界で倒れてしまったのだろう。でも、わたしが今こうしてアジア支部にいるということは、アレンくんもここに連れてこられているはずだ。

「落ちつけ。君は今身体中ボロボロなんだ」

「そんなことよりアレンくんは無事なんですか!」

身体中が痛い。でも、アレンくんはきっと、もっと痛いはずだ。歯を食いしばってベッドから立ち上がるも、足元がふらついてベッドに倒れこんでしまった。

「随分と変わったな、君は」

バク支部長は意外そうに目を丸くして、わたしのもとに歩いてきた。それを睨みつけると、肩をすくめても無理をせずベッドに横になっているようにわたしに指示を出す。だけどアレンくんの安否がわかるまでは、わたしも引くわけにはいかない。

「アレン・ウォーカーは生きている」

ぴたり、ともう一度立ち上がろうとしたわたしの動きが止まる。

「まだ意識は戻っていないが、じきに目を覚ますだろう」

「……本当、ですか」

「嘘を言ってどうする」

アレンくんが、生きている。わたし、あの時、倒れているアレンくんを見た時、死んでしまったんだと思った。村も、アレンくんも、わたしはなにひとつ守ることができなかったんだと。でも、アレンくんは生きていてくれた。よかった、と掠れた声を絞り出すと、バク支部長は目元をゆるめて本当に変わったようだ、と呟き、目を閉じて今度は真剣な目でわたしに話さなければならないことがあると告げた。

「君のイノセンスについてだ」


 * * *


手に持ったイノセンスはずしりと重くて、いつも振りまわしていたそれと同じものだとは思えなかった。わたしたちを発見した時点で、わたしのイノセンスは白銀の輝きを失って、錆色の、力のない盾と化していたそうだ。破壊されたわけではないので、適合者であるわたしが意識を取り戻しシンクロすれば元に戻るだろうというのがバク支部長たちの見立てだったのだが。

「……シンクロできない?」

「ああ。シンクロしようとすると拒否されているように弾かれ、イノセンスを発動できなくなっている」

発動を試みて、失敗する。そんなわたしを見かねたバク支部長がウォンさんに動けないわたしを運ばせて、わたしの横でコムイさんと通信をしている。コムイさんはまず、わたしに対して無事でいてくれてよかった、と言葉をかけてくれた。もうすでにたくさんの人が死んでしまったと聞いた。本部でその報告を聞きながら指示を出す立場のコムイさんは、きっと酷く心を痛めていたのだろう。本当ならば、限られた戦力であるエクソシストはすぐにでも現場に復帰するべきだ。当然、コムイさんもバク支部長も治療を受け次第わたしにリナリーたちの後を追うよう指示するつもりだったはずなのに。うんともすんとも答えてくれない錆色の盾を見て、わたしは何も言えずにいる。どうして、今さら。発動しなくなるのならば、最初から適合なんてしなければよかったのに。

「なまえちゃん、君はどうしたい?」

「……わたし、は」

「イノセンスが使えない状況では、君を戦地に向かわせるわけにはいかない。君が望むなら、今なら本部に帰還させてあげることもできるし、そのままアジア支部で療養という形もとれる」

わたしが望むなら、もう戦わなくていいのだろうか。リナリーたちは危険な目に遭っているかもしれないけれど、わたしは安全なところでのうのうと生きていられる。それはずっと、わたしの望みだったじゃないか。コムイさんもそれをわかっているからこんな風に言ってくれているのだろう。もちろん、イノセンスが再度発動できるように努力することは強いられるだろうけれど、死の恐怖から逃れることができるのならば。

「今は、まだわからないです」

「うん。まだ目が覚めたばっかりだし、身体を休めながら考えてくれればいいよ」

「……なんとしてもイノセンスを発動して後を追え、とは言わないんですか」

「室長という立場を考えれば、そう言うべきなんだけどね」

苦笑したコムイさんの言葉を最後に、元いた部屋に戻ろうと立ち上がる。再びウォンさんが運んでくれようとするが、断った。全身痛いのは変わらないけれど、無理すれば歩くことくらいできる。アレンくんは、まだ目覚めていない。コムイさんたちの話によると、心臓に穴が開けられていたらしい。本来であれば死んでいたはずのその怪我をアレンくんのイノセンスが塞いで彼を生かしているそうだ。アレンくんが生きていてよかった。そう思うのは本当なのに、そうまでして彼を生かそうとするイノセンスにぞわり、と鳥肌が立つ。まるで、死ぬことは許さないとでも言うようだ。応えてくれる様子のないわたしのイノセンスとあまりに違くて、笑ってしまう。イノセンスが発動しない限り、わたしはもう戦わなくていいのだ。ずっと望んでたことなのに、どうしてこんなにもやもやするんだろうか。部屋について、ベッドに軽く腰掛ける。イノセンスを両手で持って、発動するように念じてみるが、バチッ、と音がして弾かれるだけだった。その衝撃でカラン、とイノセンスがわたしの手を離れて床に落ちる。アレンくんはきっと、目を覚ましたらすぐにリナリーたちを追おうとするだろう。彼は、そういう人だから。あんなに身体中ぼろぼろになってるのに、それでも戦おうとするアレンくんを、わたしはただここで見送るのだろうか。わたしなんかに手を差し伸べて、守ると言ってくれた彼を。そのままベッドに仰向けに倒れこんで、ぐ、と歯を食いしばる。わたしはこれから、一体どうしたらいいのだろうか。考えなければならないこと、やらなければならないことはたくさんあるはずなのに、瞼がだんだんと重くなっていって、現実から逃げるように眠りに落ちた。


 * * *


ざわざわとした気配に目が覚めた。ベッドに倒れこんでいたはずのわたしの身体にはちゃんと布団がかけられている。きっと心配した誰かが様子を見に来てくれたのだろう。痛む身体をなんとか起こしたところで、だだだだだ、とすごい足音がして、なぜか泣いているウォンさんの手を引いたフォーが部屋に駆け込んできた。

「おい!ここにあいつ来てねーか!」

「えっ、あいつって誰……」

「ウォーカーだよ!決まってんだろ!」

突然剣幕で問いかけられれてしどろもどろに返答する。主語がなさすぎてよくわからないがフォーの中では決まっているらしい。あいつとはウォーカー…アレンくんのことだと。待って。アレンくん、目が覚めたの?フォーが居眠りしている間にいなくなってしまったというアレンくんを探しているふたりに、わたしも連れてって、と言うと、フォーが面倒そうな顔をしておまえ動けないだろ、と部屋を出ていこうとする。だけどわたしは、アレンくんの無事をこの目で確かめたい。無理に立ち上がってウォンさんの服を掴む。連れて行ってくれないのなら、わたしもひとりでこのアジア支部内をアレンくんを探して歩きまわるだけだ。そんなわたしに根負けしたのか、フォーがウォンさんにわたしを背負うように言った。泣きながらもウォンさんがわたしに背を向けてしゃがみこんでくれたので、おとなしくその背に背負われると、またフォーが先導して歩き出す。ほんっとにエクソシストは面倒なやつばっかだな!と憤慨した様子のフォーに申し訳ないとは思うが、わたしの頭はアレンくんの安否だけでいっぱいだった。

「あーーーーっ!!!見つけたぞテメェ!!」

いろんな部屋を回って、アジア支部の守り神…フォーの封印の扉がある場所にたどり着いたところで、フォーが大きな声を上げて走り出した。そしてなぜかバク支部長に飛び蹴りを食らわせる。

「エクソシストだろうがアジア支部にいる以上勝手な行動は慎みな!大体テメェ起きたんならまずあたしに挨拶だろ!あたしはお前らを竹林からここまで運んでやったんだぜ!」

ドン、と仁王立ちをしてアレンくんに文句をつけるフォー。わたしを背負ったままのウォンさんは蹴り飛ばされたバク支部長に駆け寄った。癇癪を起こすバク支部長を抑えるウォンさんの背中からどうにかして下りると、アレンくんに駆け寄った。

「アレンくん……!」

「なまえ………?」

「よ、よか…っ、アレンくん無事で……」

アジア支部で目が覚めてから、一度も出てこなかった涙が、堰を切ったように溢れ出す。わたしもアレンくんもぼろぼろで、ふたりともイノセンスが使えない状況で。絶望的なはずなのに、でも、生きてる。あの時、倒れたアレンくんを見つけた時、もうダメだと思った。イノセンスがアレンくんを助けたと、そう聞いても、こうして目が覚めたアレンくんを見るまで、安心できなかった。

「……また心配、させちゃいましたね」

泣きじゃくるわたしの涙を拭おうとしたのだろう。困ったように笑ったアレンくんの包帯だらけの右手がわたしに伸びるが、触れる前に止まる。左手がなく、右手の包帯も血だらけで、人に触れられる状態ではないと、そう思ったのだろう。わたしは、触れてくれたっていいのに。アレンくんの手を、こわいと思ったことも、気味が悪いと思ったことも、ないのに。でも、そんなことを口にする度胸もなく、アレンくんの前でうずくまって、自分の手でこぼれ落ちる涙を乱暴に拭う。

「キミが生きていてくれて、よかった」

わたしのつむじに向かってかけられた声が、まるで絞り出したようで、アレンくんがどんな表情でいるのか気になって顔をあげるが、俯いていて表情が見えない。そしてバク支部長との一悶着が終わったらしいフォーが思い出したようにアレンくんに挨拶するよう迫ると、少し戸惑ったような表情で顔をあげて、お礼を言う。アジア支部が初めてのアレンくんからしたら、いきなりフォーに偉そうにされても状況がわからないだろう。ウォンさんがまだ暴れているバク支部長をおさえながらフォーの紹介と、自己紹介をして、お元気になられて本当によかった、とアレンくんに声をかける。それに少し驚いたように目を瞬かせたアレンくんは、一度わたしを見てからまた俯いて、ありがとうございます、と言った。

「僕たちを助けてくれて本当に…ありがとう」

ぐ、と胸に込み上げてくるものがあった。思い返せば、わたしだって助けてもらったのに、誰にもお礼を言っていない。アレンくんの安否や、イノセンスのこと。様々な要因で周りが見えなくなるほどに切羽詰まっていたのだろう。バク支部長、ウォンさん、フォーを向き直り、頭を下げる。ぴき、と身体が悲鳴を上げているが、この人たちは死にたくない、というわたしの唯一の望みを叶えてくれたのだ。

「………わたしからも、遅くなってごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございました」

おせーよ、とフォーが憎まれ口を叩き、ウォンさんが涙ぐんだ。わたしがアジア支部の、わたしを快く思っていない教団の人にこうしてお礼を言う日がくるなんて、アレンくんと出会うまで、想像もしていなかった。

「アレンくんも、ありがとう」

生きていてくれて、ありがとう。アレンくんは一瞬何を言われているのかわからないような顔をしてから、うん、と笑ってくれた。

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